【会長報告】<柿沼 会長>
・9月13日分区ゴルフ予選会が成功裏に終わることが出来ました。実行委員会の松井委員長はじめ全会員のサポートですばらしい大会になりました。クラブの皆様のご協力に心よりお礼申し上げます。 ・R.I.会長ノミニーにウィリアム・ボイド氏が氏名されました。職業はニュージーランド最大の雑誌販売会社です。 ・R.I.は2005年4月を100周年記念ボランティア月間と定めました。来年4月に最低10時間のボランティア活動を行うよう、各クラブの会員は奨励されています。我がクラブはこれから検討致します。 【幹事報告】<原田 幹事> ・2580地区世界社会奉仕委員会で「比国青少年育英会バギオ基金」の継続支援が決定されたという事でCD-ROMが届いています。 ・「ロータリー切手購入のお願い」が届いています。希望者は是非お申込み下さい。 ・家庭集会、A・Cグループ終了、残り 24日Dグループ、28日Eグループ、29日Bグループ、再度ご確認下さい。 ・理事会報告は週報でご確認下さい。 ・9月29日の例会場を3階「祥雲の間」に変更します。 ・「カンボジア地雷原視察団の旅」案内をクラブ事務所に貼り出します。 ・沖縄地区大会登録申込締切日が9月28日に延期されました。 【委員会報告】 《青少年交換委員会》-太田 委員- ・明日9月23日 マリパスが地区青少年委員会プログラムで日帰りのバスツアーのぶどう狩りで甲府に行ってきます。私も同行します。 《北分区ゴルフ大会実行委員会》-松井 委員長- ・皆様のお陰で無事、北分区ゴルフ予選会を終える事が出来ました。ありがとうございます。 ・成績 123名登録の116名で開催しました。 [団体賞優勝]リバーサイドロータリークラブ [団体賞準優勝]上野ロータリークラブ [団体賞3位]浅草中央ロータリークラブ ・ホールインワンが出ました。池袋西R.C.恩田様 ・チャリティー金:ショートホールチャリティー 120,500円とホールインワン内祝金100,000円の計220,500円をNPO法人、スペシャル・オリンピックス長野に寄付致します。 ・団体優勝、準優勝の2クラブが地区の親睦ゴルフ大会へ出場します。 《家庭集会について》-須藤 会員- ・家庭集会Eグループは9月28日(火)馬道「金太楼」にて午後6時より行います。是非ご参加くださいませ。 《ロータリー情報委員会》-海内 委員- 前回までの朗読は、ロータリークラブの第1回会合が1905年2月に開かれ、その時5つの申し合わせが行われ、それは一業種一会員である事、人種・宗教・国籍・政治信条を問わない事、2週間に1回の会合を行う事、会合は会員の事務所で持ち回る事、会員を勧誘し会合につれてくる事だけの事で、そして第3回会合で初めてクラブ名称が決まったところまでお話ししました。 今回は、「ロータリー思想の形成」の内「奉仕の概念の誕生」までを朗読させていただきます。 2.ロータリー思想の形成 2.1 会員の相互扶助取引 シカゴRCの綱領が定められたのは、1906年1月であった。 第1条 会員の業務上の利益を振興すること 第2条 社交クラブに伴う親睦その他、望ましい諸点を振興すること つまり、会員職業上の相互扶助と親睦とが、シカゴクラブの目的であった。<親睦>は社交クラブの共通的性格であるから、ロータリークラブの特質は、<会員の相互扶助>にあると云ってよい。これをロータリーの<互恵主義> reciprocity という者もある。 それでは<会員の相互扶助><互恵主義>とはどういう事か。それは、クラブが会員相互の取引を奨励したのである。そして会員は、親類付き合いと考え、原価で取引をすることとした。この会員間取引が盛んに行われ、例会と例会の間に行われた具体的取引の記録をとり、Statistician (統計担当者)と呼ばれる役員が毎例会で報告を行った。 会員の相互扶助は、このように物質的なものであったが、この物質的互恵取引に対する反省の機を与えたのが、弁理士ドナルド・カーター(Donald Carter)であった。2代目会長アル・ホワイトが友人のカーターに入会をすすめたところ、カーターは互恵主義の説明を聞くや即座に入会を拒わった。 理由は、その種の互恵取引は、クラブ内部の利益交換に過ぎず、社会的意義がない。そのようなクラブに将来性もない、ということであった。 この報告を聞いたポール・ハリスは、「その通りだ」と云い、直ちにクラブの綱領改正を提案して、第3条をつけ加えた。 第3条 シカゴ市の利益を推進し、その市民の中に、市に対する誇りと忠誠の精神を普及すること ここに於いて、ロータリーは漠然とした社会的目的を自覚するに至ったのである。ドナルド・カーターは、これを聞いて喜んで入会し、初期ロータリーの伝統形成に大きな役割を果たした。カーターの意見は、クラブ内部でも感じられていたので、反省の議論が次第に高まって行き、やがて<物質的相互扶助>の慣習は廃止された。 2.2 「奉仕の概念」(Service Concept)の誕生 ロータリーの初期に於いて、その思想的発展に中心的役割を果たしたのは、1908年に入会したアーサー・フレデリック・シェルドン(Arther Frederick Sheldon)であった。シェルドンはミシガン大学で経営学を専攻した秀才で、ロータリーに入会する前、1902年にシェルドン科学的販売学専門学校(Sheldon School of Scientific Salesmanship)をシカゴ市に設立した。この学校は、全米の大都市のみならず、英国ロンドンやその他英語圏諸国で大いに繁昌したと云われている。 シェルドンは、入会してからクラブの内外で諸々の活動をながめ、シカゴRCの会員達が模索していた精神的相互扶助の基本となるものは、相手方のために考えようとする精神であり、その思いやりの精神は、畢竟は他人に対して「奉仕」することであると考え、「奉仕の概念」を発見するのである。 そして、この奉仕の理念を企業経営者の心に訴える表現方法を熟考した結果、一つの標語に到達した。 “最もよく奉仕する者、最もよく報われる” 「He profits most who serves best」 (このフレーズは、1908年、ミネアポリスの町の床屋の椅子の上で、彼の頭にひらめいたものであるという。) このシェルドンの標語が発表されたのは、1911年ポートランドの第2回全米大会に於いてであった。シェルドン自身は都合で大会に出席できなかったので、同僚ロータリアンにメッセージを托し、これが大会で読み上げられた。 「経営の科学とは奉仕の科学のことを云う。 即ち最もよく奉仕する者、最も良く報われる」 一瞬満場は水を打ったように静まり返り、次の瞬間万雷の拍手が起こり、この標語は直ちにロータリー宣言に加えられた。 このあと、ミネアポリスRCの初代会長で弁護士のフランク・コリンズ(Frank Collins)が立ち、ミネアポリスRCが採択していた標語を発表した。 「奉仕だ。自己ではない」“Service,not Self” ここに期せずして2つの標語が生まれ、ロータリー思想を表現するものとして、ロータリーの公式標語となる。 尚、コリンズの標語は、後年「超我の奉仕」“Service Above Self”と変更された。 因みにシェルドンの「最もよく奉仕する者、最もよく報われる」は、孔子の「積善の家に余慶あり」と同趣旨のものとして、日本のロータリアンによく受け入れられた。 (東京新南ロータリークラブ 田辺賢三氏著「ロータリーが志すもの」より)
■宮沢、松本(剛)、永井、松崎、矢野君 【卓 話】
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